7月1日(金) 広島ー厚木ー東京

5時起床。シャワーを浴びて荷物をまとめ、5時50分に部屋を出ると隣室だった父も同時に部屋を出ていて、二人してエレベーターに乗り、ロビーでチェックアウト。クルマで広島空港へ向かう。道中のサービスエリアで簡単な朝食を取り、7時ちょうどに広島空港脇のレンタカー屋に到着。すぐに返却手続きを済ませて送迎バスで空港へ。7時45分のフライトで東京へ戻る。

どのフライトも朝の便は定刻運用されていることもあり、9時前に羽田空港に到着。機内で父と別れ、急ぎ足で京急のホームへ向かう。なんとか予定の電車に乗り、京急、相鉄、小田急、神奈中バスと乗り継いで、11時ギリギリに東京工芸大学に到着。

控え室で数分、市原先生や熊倉さんと話をした後、製図室へ。三年生の設計製図は今日を入れてあと2回の授業で最終提出。やはり、というか、ここも、というか、しっかりと課題を進めている学生は半数ほど。学生の主体性に任せるべきなのか、事細かに指示して手を動かさせるべきなのか、指導の方向性については本当に悩ましい。

そのまま昼休みを取らずにエスキースを続け、14時半に全員のエスキースを終了。急いでバスに飛び乗って、本厚木駅から小田急、新宿から山手線と乗り継いで事務所に戻る。急ぎ昨日の岩手宮城での現地調査についての報告を木村から受ける。かなり詳細に見てきたようで報告内容も的確。

17時より長者丸プロジェクトの見積図渡しを開始。施工を希望する会社が順次訪れる。外崎と共に現場事項説明書の内容を中心に建物を説明し、特に留意して欲しい箇所については施工方法についても十分検討して欲しい旨を伝える。19時に全社分の説明を終了。

ここまで徹夜続きだった外崎や清水に、また彼らを良くアシストしてくれた木村や大森の労もねぎらって、今日は早く帰るように指示する。遠藤も広島往復の疲れで動けず。帰路につくも道中で父より連絡があり、そのまま父の家で夕食。一升瓶の泡盛をロックでやっていたら酔いが廻り始める。

6月30日(木) 広島

起床し、普段の出張のように荷物をまとめる。いつもと違うのは白いシャツとブラックタイが入っていること。自宅近くの駅で父と待ち合わせして、12時過ぎに羽田空港に着き、チェックインをして13時半のフライトで広島へ向かう。15時前、定刻通りに到着し、レンタカーを借りて広島市内へ向かう。夕刻の通夜まで時間があるので、広島平和記念公園により、外より平和記念資料館を眺める。東館だけでなく本館も改修工事が始まっているようで、コンクリートの表情が非常に綺麗になっている。

17時に記念公園を出て、17時半に広島市内の葬祭場に到着。叔母や、久しぶりに会う従兄弟達に挨拶。18時より参列。

式を終えて、しばしの間、叔母らと話をする。懐かしい話がどんどんと出てくる。話の内容ももちろんだが、それが何年何月の話だったか、どんな人と一緒だったなど、話のディテールまでを事細かに覚えている叔母の記憶に驚嘆する。従兄弟とも携帯電話の番号を交換し、今後は私たちの世代が中心になって親族でのやり取りをしようと話をする。その後式場を後にして、広島市内のホテルにチェックイン。20時を過ぎ、近くのお好み焼き屋で夕食を取る。この二日にあった出来事について父と話す。話題は昔懐かしい話へと尽きず。22時にはホテルに戻り、長い一日が終った。

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6月29日(水) 東京

9時に銀行に寄ってから出社。10時半にB&O小川さんが来所、新しいカタログをお持ちになられる。午後より事務所を出て、いくつか事務所経営的な打合せをこなす。夕刻、父より電話があり、広島に住む叔父の具合が良くない旨を聞く。以前より大病を患っていて、一昨年は父と拓己と、そして去年は父母と一緒にお見舞に行っていた。

その後再び携帯が鳴り、19時過ぎに亡くなったことを聞く。自分が子供の頃によく遊んでくれた叔父の顔や言葉、話し方を思い出す。弟の拓己にもLINE。急いで翌日の広島行きのフライトを二名分購入し、父にフライト予定のメールを転送する。

いろいろな想念がアタマをよぎる夜。

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6月28日(火) 東京

9時過ぎに出社し、10時よりスタッフミーティング。各スタッフより定例の報告を受ける。会議終了後、詳細決定事項を待つスタッフと各々の案件についてディスカッション。設計内容含めていくつか大切な決定。

12時過ぎに事務所出て、五反田駅近くのコーヒーショップで東京工芸大の学生のエスキース。そのまま五反田駅で外崎と待ち合わせをして、山手線で新橋駅に向かい、14時よりクライアントの会社会議室で長者丸プロジェクト打合せ。15時に打合せを終了。16時より同プロジェクトの施工希望のゼネコン担当者来所。15分ほど打合せを行う。

そのまま事務所で作業。夜になり、ここのところの疲れが一気に吹き出してくる。思考もまとまらなくなってきたので早めに退社。家に帰って焼酎を煽りながら自室でいろいろと整理。部屋に飾る自転車を眺めながら、最近全く乗ってないことを思い出す。これでは体重も増えるわけだ。

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6月27日(月) 東京

7時に起床。身体が重い。昨日、木村と交互にとはいえ700km走って豊田を往復した影響だ。四十後半になってめっきり回復力が落ちたことを実感する。

シャワーを浴び、8時半に家を出て駿河台へ向かう。10時過ぎに日大5号館の講師控室へ。他の講師陣も集まってきて、担当主任の山中先生を中心に授業へのディスカッション。10時40分より設計製図の授業を開始。

来週が最終提出ということもあり、半分以上の学生は及第点以上のレベルで提案をまとめようとしている。先週の授業での叱咤激励の効果もあるだろう。もちろん中には今になっても創案コンセプト自体を変えてくる学生もいるが、前課題で見せたプレゼン能力があれば次週までにはどうにかまとめてくるだろうことを見越し、あまり型にハマったような指導をせずに自由にやらせてみることにする。

最終エスキースの週であったこともあり、授業を終えたのは授業終了時間を過ぎた17時。夜の会合は19時からだったので、多少自分の雑務をしてしまおうと有楽町に向かうと、ちょうど目当ての店に入ったところで携帯が鳴る。電話はリニューアルプランの大川さんからで、今日の会合は17時からとのこと。遠藤が開始時間を間違えていたらしい。慌てて店を出てタクシーを捕まえ、東京駅近くの待合せ場所へ急ぐ。店には既に大川さんと再生計画研究所の川崎さんがお待ちになっていた。ビールを飲みながら歓談していると、そのうちに殿川栄もやってきて、皆でお互いの諸々をぶつけあう。あっという間に時間が過ぎ、店を出たのは22時を過ぎていた。

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6月26日(日) 豊田

4時に起床。5時に木村がクルマで迎えにくるはずだったが、多少遅れて5時20分到着。急いで乗り込み、川崎に住む写真家の自宅へ急ぐ。5時45分に到着し、機材積み込みを手伝って、一路豊田へ。道中の東名、新東名は順調に走り、9時に保見が丘幼稚園に到着。すぐに撮影の準備を開始する。遠藤は写真家鈴木豊さんのサポート、木村は大森に指示して職員室や保育室の荷物を移動し、撮影できる室内状況を作っていく。それにしても暑い。うまく梅雨の晴間を掴んでの撮影だが、頭上から降る日差しは夏のものと変わらない。じりじりと肌が焼けていくのが分る。

鈴木さんは、午前中は増築棟の外観内観を中心に撮影していく。12時になり、買ってきた弁当で昼食を取り、午後は職員室や保育室など既存棟の改修部を中心に撮影。夕刻になり、再び増築棟の外観をなめるように撮って頂く。夜景なども撮影を終えたのは19時も回った時間。

撤収作業をテキパキと進め、現地を20時に出て帰路に付く。朝来た道を逆に走って川崎に到着したのは23時過ぎ。鈴木さんをご自宅にお送りし、木村と大森を川崎駅で下して、独り自宅へ戻る。一日中立っていたからか、それとも道中の運転疲れか、身体がきしむように重いが、素晴らしい写真が撮れた実感を感じながらビールを飲む。

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6月25日(土) 東京

起床して準備して9時に出社。10時より長者丸プロジェクトのクライアントが来所され、今まで4ヶ月近く描いてきた実施図面について最後の打合せ。これからの一週間でさらに精度を上げて、来週末より見積を開始予定。見積依頼している施工会社についてもディスカッション。プロジェクト全体の方向性を再度確認して、12時前に終了。

午後よりスタッフや八尾さんと共に駒田剛司&駒田由香さん設計のオープンハウスへ。開催地が事務所から近いので自転車で向かうとスタッフに貸したMTBが途中でパンク。近くにプロテックという自転車屋があることを思い出し、数分歩いてタイヤチューブを買い求める。普段からロードバイクに乗っているので自分で交換すべく店員に尋ねると、空気入れポンプは貸すが、タイヤを外す時に使う小さな工具は貸せないの一点張り。チューブを購入したのに、たった数秒しか使わないタイヤレバーを貸してくれないなんて。それでもスタッフが持っていた鍵を使ったら意外に簡単にタイヤを外せ、チューブを交換する。結局は5分ほどでチューブを交換し、再度走り始める。

オープンハウスは南麻布に計画された小さな住宅。中に入ると溢れる陽光に驚く。1階を寝室やサニタリー、2階をリビングダイニング、そして3階を夫婦各々の私室という構成だが、重層空間を細いリビングが取りまとめている風景はまるでヨーロッパの狭い通り道のようで、非常に都市的。各機能が求める空間の質も適材適所で大変勉強になる。オープンハウスにはジャパンアーキテクトの歌津さんや東京大学の加藤先生もお越しになっていた。

その後事務所に戻り仕事を続け、早めに退社。明日は豊田で竣工案件の撮影。早い起床を心して寝る。

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6月24日(金) 厚木

6時半起床。シャワーを浴びて8時に自宅を出る。9時半に本厚木駅に着き、厚木一番街のスターバックスでコーヒーを飲みながら1時間ほど原稿書き。10時半くらいの急行直通バスに乗り、余裕を持って大学に到着。市原先生や熊倉さんとちょっと話をしてから、11時開始で3年生の設計製図の授業へ。

本日は前期第二課題の中間提出。今日を終えると残るエスキースは二回しか無い。ここがヤマであると散々言ってきたが、担当する15人の学生のうち、そこそこやってきた学生が6人。なんとか形だけ揃えてきた学生が4人ほど。そして全くやってきていない学生が3人。残る2人は顔を出してもいない。いやはや。この割合はどこの大学でも同じ傾向。学生の発表途中、内容に対して質疑を投げかけても真面目に応えず、面白おかしくしゃべって茶化した発言をした学生に強い調子で怒る。建築界の大切な後輩となる君達だからこその指導である旨、いつもより強い口調で伝える。

16時前に全員のエスキースを終え、次週提出物の確認をしてから学校を出る。そのまま外苑前に向かい、知人と待ち合わせ。会食の後に帰宅。指導の疲れか身体中が重い。シャワーで汗を落として、ベッドに倒れこむ。

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6月23日(木) 軽井沢

7時に起床。昨日の疲れで全く動けない。普段使っていないからだろう、全身が筋肉痛かつ、脚が棒のように重い。なんとかシャワーを浴びて出社。11時にカッシーナ今井氏来所。新作の紹介と新しいカタログの説明。11時半に事務所を出て東京駅へ向かい、12時過ぎの新幹線で軽井沢へ。笹沢建設の関口さんにお迎えをお願いし、そのままクルマで鶴溜の家へ行って、進行中リニューアル現場の監理。大工さんも同席して各所取り付け位置や、浴槽内ベンチなどの施工方法を打合せ。45分で打合せを終えて、取って返して軽井沢駅に戻り、15時の新幹線で東京へ戻る。そのまま事務所に戻り、スタッフといくつか打合せ。その後事務所を出て久が原に向かい、O邸打合せ。それも21時過ぎには終えて帰宅21時半。

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6月22日(水) 豊田

5時半起床。起きて一瞬、自分が何処に居るのか分らない状況。すぐにシャワー浴びて服を整え、ロビーに下りて1階の食事処で朝食。そのまま豊田市駅に向かい、7時前に黒笹駅着。住宅地のど真ん中の駅で、コンビニなども見渡す限りでは見つからず。すぐにクラブ迎えのクルマが到着し、7時15分過ぎには三好カントリー倶楽部へ。佇まいからして超名門の構え。お呼ばれでなければ来ることも無かっただろう。

8時過ぎには名古屋子ども園案件や豊田市こども園案件でお世話になった方々が集まりだし、9時半にスタート。西コースだったので乗用カート無しで、蒸し暑い中を、しかも昼休み無しのスルーで回る。それにしても酷いスコアである。半年に一度位しか回らないので当たり前なのだが、生来の負けず嫌いもあり、後半はいつも嫌になる。15時過ぎには全てを終了し、あずま学院理事長先生のクルマに乗せてもらって名古屋市内へ。途中、日泰寺に寄り、そのまま門前町を歩く。途中のみたらし団子屋でビール飲みながらおでんを食べる。濃い目の汁で良く煮込まれた大根がめちゃくちゃ美味しい。

その後タクシーで名駅近くまで移動し、18時から今日のメンバーを中心にイタリアンで会食。理事長や弁護士の安井先生のほか、ヨガスタジオ経営の方や建築施工関係者などいろいろと集まり、四方山話で盛り上がる。お会いしていても正式にご挨拶ができていなかった方々と名刺交換などして、20時過ぎには散会。そのまま名古屋駅まで歩きながらスマートフォンで新幹線の予約を取り直して、5分後に出発の列車に切り替える。ギリギリだったが無事に乗車し、22時過ぎに帰宅。

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6月21日(火) 東京ー豊田

6時半に起床。8時半前に自宅を出て銀行に寄り、9時過ぎに出社。10時より定例のスタッフミーティング。清水が遅刻で不参加。今は締め切り間際の実施設計のために夜中まで作業を続けている現実もあり、多少は止むを得まい。

そのまま事務所で仕事の後、17時前の新幹線で豊橋経由で豊田市へ。一度ホテルにチェックインしてから駅近くまで戻り、行きつけのブラッセリーで軽い食事。お店のシェフやカウンターに同席したお客さんと話が盛り上がり、一杯だけと思っていたビールを結局三杯。名残惜しいも明日朝が早いため、22時くらいには店を出てホテルに戻り、明日の身支度を準備してからベッドに倒れ込む。

6月20日(月) 東京

7時に目が覚めるが昨日までの疲れでベッドから全く動けない。なんとかごそごそと起きだして食事を取り、駿河台の日大へ。10時20分より講師打合せ、10時40分より二年生に設計製図の授業。20人の学生のうち、本当にヤル気がある学生が三分の一、頑張ってはいるけど流し気味なのが三分の一、既に建築設計を諦め気味で、なんとか単位さえ取れればという態度で臨むのが三分の一、という割合。再来週が最終提出なのでそろそろ熱が入ってないといけないのだが、今の学生の気風なのか、ノンビリムードが蔓延。ただ熱血指導すれば付いてくるわけでもなく、授業の進め方がホント難しい。

定刻の16時半を過ぎてもエスキースが終らず、17時前くらいに全学生分が収束。急ぎ事務所に戻り、いくつか打合せ。18時より不動産業者来所、東嶺町プロジェクトの敷地候補について協議。検討中の隣地に加え、その隣地も売却可能性があるということで、この敷地を検討していくか否か、近々で大きな決断を迫られそうだ。

そのまま21時過ぎまで事務所で仕事を続けた後に帰宅し、零時過ぎまで残務の後、ビールを煽って寝る。

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6月19日(日) 尾瀬ー東京

夜中1時に父のイビキで起きてしまってから全く眠れず。やっと寝付けたはずの5時過ぎには起こされ、6時より朝食。バタバタと荷物をパッキングして、7時にヒュッテを出発。

昨日の道を、今日もまた、ノンビリと歩く。天気は昨日ほどではないが、それでもちょっと頑張って歩くと汗ばむ陽気。9時半には沼山峠に戻り、10時45分のバス出発までは思い思いに過ごす。父が温めたお汁粉が美味い。

ようやくバスが出発の時間となり、昨日と同様に狭い山道を2時間揺られる。窓から外を見ると路肩の向こうは深い絶壁。見ていると心臓に悪いので早々に目を瞑る。

12時45分に会津高原尾瀬口駅に到着し、急いで鈍行電車に乗る。1時間ほどで鬼怒川温泉に到着。15時05分発の特急発車時刻までを有効に使うべく、近くのホテルで日帰り温泉に浸かってから、再び駅に戻る。

無事に特急に乗り、17時過ぎには池袋駅に到着。そのまま事務所に戻り、19時よりクライアントとの打合せ。その打合せも20時には終わり、疲れ果てた身体を引きずって21時半に帰宅。片付けを済ませて23時前に倒れるように寝る。

6月18日(土) 尾瀬

久しぶりに休みを取り、両親と共に尾瀬へ。朝6時に駅で待ち合わせて、蒲田、日暮里、北千住と乗り継いで、会津高原尾瀬口駅へ着いたのが10時半。11時の路線バスに乗り、そこから更に2時間15分。終点の沼山峠に到着したのは家を出てから7時間半後の13時過ぎ。いろいろなところで言われてはいるが、本当に尾瀬は遠い。

沼山峠からは年老いた父母のペースに合わせてノンビリと歩く。常人が1時間10分の行程を、途中途中で休憩しながら2時間半かけて行く。

それにしても天気が最高。雲一つない晴れた空。時期的に水芭蕉は終ってしまっていたが、それでも無数の小さな花々が咲き乱れている。ハイカーの数も多い。

尾瀬沼ヒュッテに到着したのが16時。すぐにチェックイン。いまの山小屋は風呂に入れるらしく、すぐに一浴びしてから夕食。何品もおかずの並ぶ食膳を前に、昔の山小屋との違いに驚くことばかり。

その後、部屋に戻ってから担いできた日本酒を皆で飲んで、就寝21時。

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6月17日(金) 本厚木

7時に起床。昨晩の日本酒が多少身体に残っているようでアタマが重い。純米酒しか飲めないこともあって、二日酔いほど酷くはないのが救い。

シャワーを浴び、9時前に家を出て本厚木へ。バスに乗り継ぎ、11時より東京工芸大学で設計製図の授業。16時前には全員のエスキースを終え、アミュー厚木に寄っていくつかの買い物をしてから小田急線に乗り新宿。途中恵比寿に立ち寄り、その後事務所へ。進行中案件の打合せを終えて、22時過ぎに帰宅

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